東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)142号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、審決を取り消すべき事由の存否について検討する。
本願第一の発明と第一引用例記載のものとは、本願第一の発明では、記憶装置としてランダムにアドレスすることのできる複数の記憶場所を有する非破壊、持久型記憶素子を用い、単一の指令を少なくとも二つの記憶場所に記憶させ、記憶された指令を所定のシーケンスで読み出すようにしているのに対して、第一引用例記載のものでは、記憶装置として所定のプログラムに従つて指令を記憶させた記憶テープを用い、タイミングパルスに応答して記憶された指令を順次読み出されるようにしている点で相違しているところ(このことは、当事者間に争いがない。)、原告は、右相違点は第二引用例記載の技術事項及び周知の技術事項から当業者が容易に推考しうるものであるとした審決の判断は誤つている旨主張するので、この点について検討する。
1 成立に争いのない甲第二号証の五によれば、本願発明についての昭和五六年四月一七日付手続補正書(なお、同手続補正書は、昭和五五年一二月二六日付手続補正書((成立に争いのない甲第二号証の一))と同一の内容のものであるが、後者に多数の加除訂正部分があつたため、改めてタイプ浄書し、手続補正書の形式で提出したものである。)添付の明細書中、発明の詳細な説明には、本願発明の目的ないし技術課題について、「最近穴あき紙テープ、カード、あるいは磁気テープのような機械的制御要素に記憶された指令シーケンスに従つて布地押えが動かされる自動ミシンが実用的になつた。このようなミシンでは針が布地から離れているときに記録手段の指令シーケンスが布地押えの動きを制御する。しかしながら、布地押えを有しその動きを制御するため紙テープあるいは磁気テープあるいはカードを用いる自動ミシンはいくつかの欠点がある。第一にテープやカードの機械は記憶された情報のある位置から次の位置へ比較的ゆつくり動く。従つて機械が十分速く働くためには完全な指令が単一の記憶位置に配置されなければならない。さらにミシンの操作の複雑性はこのような位置の各々に配置される情報の量によつて制限される。本来機械的である第二の制約は、記憶手段がある記憶位置から次の記憶位置へ物理的に動かされ得る速さによりミシンの速さが制限されるために生ずる。第三に、紙テープあるいは磁気テープあるいはカードの読取器がカム制御式の機械と比べて比較的高価である。さらにより速い操作を可能にするためのバツフア装置が用いられるけれども、それは装置の費用をかなり増加させる。それゆえ布地押えの動く速さが指令記憶手段の機械的制約により制限されない改良された自動ミシンを提供することが本発明の一つの目的である。他の目的は従来のものよりも正確にかつ融通性をもつて布地押えの動きを制御し、また比較的安価でしかも信頼性のある装置を提供することを含む。種々の長さの縫い目で、また最大の縫目の大きさにより予め定められた針の速さで押え限界内に実際にどんな縫製パターンをも作り出せる自動ミシンを提供することも一つの目的である。」(同明細書第八頁第一七行ないし第一〇頁第九行)と記載されていることが認められる。
紙テープや磁気テープのような記憶テープを用いた記憶装置は、記憶テープからの情報の読出しにタイミングパルスが送られる毎に記憶テープが一こまずつ物理的に動く必要があるため、情報の読出し速度が遅いものであるから、記憶装置として記憶テープを用いた自動ミシンには、前記のように「記憶手段がある記憶位置から次の記憶位置へ物理的に動かされ得る速さによりミシンの速さが制限される」という欠点があることを認識し、その解決を課題とすることは、当業者が容易に気付かなかつた問題を新たに見いだしたものであるということはできない。
そこで、本願発明の構成の難易について検討する。
成立に争いのない乙第一号証(昭和四四年五月二〇日株式会社オーム社発行、元岡達著「デイジタル計算機」)及び同第二号証(昭和四四年五月一〇日共立出版株式会社発行、別所照彦著「記憶装置Ⅰ」―情報処理機械における記憶―)によれば、本件出願前、電子計算機の記憶装置として、読出し速度の遅い記憶テープのほかに、高速かつランダムにアドレスして情報を読み出すことのできる回路選択による記憶装置が存し、高速の読出しを必要とする場合には、後者が普通に実施されていたものであることが認められる。
そして、第二引用例には、「一連の作業シーケンスに大まかな動作順序(ルーチン)、各ルーチンの細かな動作ステツプ情報、各動作ステツプのパラメーターを別個に記憶させた記憶部と、所定の順序にしたがい実行するルーチン番号、ステツプ番号を記憶し、歩進的に指令を出す実行番号記憶部とを設けた半導体記憶装置を備えた工作機械等のプログラム制御装置」及び「数値制御の記憶装置としてランダムにアドレスすることのできる複数の記憶場所を有する半導体記憶装置、非破壊、持久型記憶素子を用い、記憶された指令を所定のシーケンスで読み出すようにすること」が記載されていることは当事者間に争いがなく、右記載によれば、ランダムにアドレスすることのできる記憶装置として半導体記憶装置が本件出願前公知であつたものということができる。なお、成立に争いのない甲第三号証の二(昭和四九年特許出願公開第二一五八一号公開特許公報)によれば、第二引用例記載のプログラム制御方式においては、記憶装置として、半導体記憶装置のほか、磁気記憶装置、あるいは紙テープを使用しても差支えないこと(第二引用例の明細書の項第一一欄第五ないし第七行)が認められる。
右認定、説示したところによれば、従来の自動ミシンが記憶装置として記憶テープを用いていたことにより、高速動作の障害になつていたという認識のもとに、自動ミシンの被加工物ホルダーの動作の高速化のために、記憶装置として、記憶テープに代えて、ランダムにアドレスすることができ、高速に情報を読み出すことが可能な記憶装置を用いることは当業者にとつて格別の困難はなく、容易なことと認めるのが相当である。そして、右の記憶装置を非破壊、持久型のものとすることは、第一引用例に記載されている記憶テープが、情報の読出し自体は機械的運動を利用するものではあつても、情報の記憶態様そのものは非破壊、持久型のものであること、前記のとおり、第二引用例には、非破壊、持久型のものが記載されていることからすると、ランダムにアドレスすることのできる記憶装置を用いる場合にも、これを非破壊、持久型のものとすることは当業者にとつて容易なことと認められる。
次に、制御用計算機の記憶装置において、一つの指令を二つのアドレスに記憶させることが本件出願前周知であつたことは、原告の認めて争わないところであるが、本願発明において、右のような指令記憶の形式を採用したことの技術的意義は、本願明細書から必ずしも明らかであるとはいえない。すなわち、前記昭和五六年四月一七日付手続補正書添付の明細書(前掲甲第二号証の五)には、「各記憶位置の情報容量及び各指令の情報内容により、単一の指令が単一の記憶位置に記憶される。他方において、本発明の好ましい実施例では各指令は一つより多くの記憶位置を必要とする。」(第三七頁第一〇ないし第一四行)と記載されていることが認められるが、右記載によつても、本願発明において、前記のような指令記憶の形式を採用したことに格別の技術的意義を認めることはできず、むしろ、本願発明においては指令記憶の形式が前述したところ以上に特に限定されているものとはいえないことからすると、単に周知の指令の形式を採用したにすぎないものとみるほかないのである。
以上のとおりであつて、本願第一の発明と第一引用例記載のものとの相違点につき、第二引用例記載の技術事項及び周知の技術事項から当業者が容易に推考しうるものとした審決の判断に誤りはないものというべきである。
2 原告は、第二引用例記載のプログラム制御方式はロボツト等による組立装置の数値制御に関するものであつて、本願発明とは、制御対象の点で技術分野を異にし、また、本願発明と第二引用例記載のものとは解決すべき技術課題をも異にするものであり、しかも、自動ミシンにおいては、被加工物ホルダーの位置制御は針の動きに同期してなされなければならないから、第一引用例記載の数値制御ミシンにおいて、その記憶装置を、記憶テープに代えて、第二引用例に記載されているランダムにアドレスすることのできる、非破壊、持久型記憶装置を採用して本願第一の発明に想到することは容易になしうることではない旨主張するが(事実摘示第二の四、2参照)、以下説示するとおり、原告の右主張は理由がないものというべきである。
第二引用例記載のものは、前記のとおりの内容を有する工作機械等のプログラム制御装置に関するものであり、前掲甲第三号証の二によれば、第二引用例には、同引用例記載の発明の実施例として、電子計算機を使用した数値制御による工業用ロボツト等の組立装置の制御について記載されていることが認められる。
ところで、本願発明及び第一引用例記載のものは、電子計算機を使用した数値制御式ミシンに係るものであるから(但し、成立に争いのない甲第三号証の一によれば、第一引用例記載の発明は、「物品と工具との相対的動きを制御するための装置」に係るものであつて、ミシンは、右発明により数値制御されるものの実施例として示されているものであることが認められる。)、これらのものと第二引用例記載のものとは、制御対象がミシンであるか、組立装置であるかという点で相違しているけれども、いずれも制御対象を制御するために、電子計算機を使用した数値制御方式を採用している点は共通しているということができる。そして、制御対象の制御は、電子計算機を構成する記憶装置に記憶された指令を、中央処理装置により読み出し、処理をしながら行われるものであり、また、記憶装置に記憶される指令の具体的内容は制御態様によつて種々異なるものであつて、ミシンと組立装置とではその制御態様も当然に異なるものであるが、前掲甲第二号証の五、第三号証の一、二、乙第一、第二号証によれば、本件出願前、右記憶装置としては、磁気テープ、穿孔紙テープ、磁心、磁性薄膜、半導体、磁気デイスク等多種多様のものを用いたものがあり、これらは、その呼出し方式、読出し速度、記憶容量等の属性とともによく知られていたものであることが認められ、右記憶装置のいずれを選択するかは、電子計算機の機能とも関連し、それに記憶されるべき指令の具体的内容に応じて適宜なされるものであつて、制御対象そのものによつて一義的に決せられるものではないものと認められる。
したがつて、これと異なる見解に立脚し、本願発明と第二引用例記載のものとが制御対象の点で技術分野を異にしていることを根拠として、本願発明は推考困難であるとする原告の主張は理由がないものというべきである。
次に、本願発明の目的は前1項に認定のとおりであつて、本願発明は、記憶手段の機械的制約により被加工物ホルダーの速い動作が制限されない自動ミシンを提供することをその目的の一つとしており、前掲甲第三号証の二によれば、第二引用例記載の発明は、「判断処理を含むような複雑な作業シーケンスを容易にプログラムすることができ、使用する記憶装置の規模もあまり大きくならないプログラム制御方式を提供するにある。」(第二引用例の明細書の項の第二欄第一九行ないし第三欄第三行)ことが認められるが、前記のとおり、本件出願当時、各種の記憶装置がその属性とともによく知られていたのであるから、当該発明の目的に応じた記憶装置を用いて所要の数値制御を行うことは当業者が適宜選択することができた技術事項であるというべきであるから、本願発明と第二引用例記載のものとの技術課題(目的)の相違をもつて、本願発明が推考困難であることの理由とすることはできないものというべきである。
更に、原告は、自動ミシンにおいては被加工物ホルダーの位置制御が針の動きに同期してなされる必要があることをも、ランダムにアドレスすることのできる記憶装置を用いることが困難であることの根拠としているが、単に、右にいう同期の必要性ということから右装置を採用することが困難であるとは認め難い。けだし、ランダムにアドレスできる記憶装置を用いることにより指令の高速読出しが可能となつても、読み出された指令に従つて駆動される被加工物ホルダーそのものは物理的移動を伴うものであつて、この動作速度が針の動きにも影響を与えるものであることは技術的に自明なことであるから、本願発明のミシンに即してこの針の動きへの影響について解明する具体的な主張をすることなく、指令の読出し速度だけを取り上げて立論する原告の前記主張は当を得ないものといわざるをえない。
なお、原告は、本願発明においては、速い針の動きを実現するためにランダムにアドレスすることのできる記憶装置を用いているから、右の同期を達成することは容易ではないが、第一引用例記載のものにおいて用いられている電気的制御回路とは異なる制御回路を用いて右の同期を実現している旨主張するが(事実摘示第二の四、1参照)、本願発明はその要旨においてミシンの速度について具体的に限定するものではなく、また、電気的制御回路についても、高速同期を達成するための構成を要件として含むものではないから、右主張は、特許請求の範囲の記載に基づかないものというべきである。
以上のとおりであつて、原告主張の審決取消事由は理由がないものというべきである。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当として、これを棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
(1) 縫い針と、ミシン加工の間被加工物を保持するための被加工物ホルダーと、ランダムにアドレスすることのできる複数の記憶場所を有しかつこれら記憶場所には前記被加工物ホルダーおよび縫い針を互いに相対的に複数の位置に位置決めするための指令が含まれている非破壊、持久型記憶素子と、これら指令を所定のシーケンスで読み出しかつこの読み出されたシーケンス指令を表示する出力信号を有する電気的制御回路装置と、前記出力信号に応答し、縫い針を損傷せしめることなく所定のパターンの動きおよび縫い加工を作り出すために所定時に前記被加工物ホルダーを縫い針に対し間欠的に位置決めする針位置決め装置とを備え、前記電気的制御回路装置は前記複数の記憶場所のうちの少くとも二つからの単一の指令を順次読取る手段を含んでいる自動ミシン。(以下、「本願第一の発明」という。)。
(2) 縫い針と、ミシン加工の間被加工物を保持するための被加工物ホルダーと、所定のパターンの動きおよび縫い加工を作り出すために被加工物ホルダーを縫い針に関し複数の位置決めするための指令を含む記憶素子と、前記指令に応答し、所定のパターンの動きおよび縫い加工を作り出すため被加工物ホルダーを縫い針に関して位置決めする針位置決め装置と、所定のホーム位置に対する被加工物ホルダーの位置を知らせ且つ被加工物ホルダーを所定のホーム位置に自動的に位置決めする電気的制御回路装置を有し、かつ該電気的制御回路装置が被加工物ホルダーの位置に応答する付加的な論理回路装置を有する閉ループ作動のホーム装置を備えてなる自動ミシン。
(3) 縫い針と、ミシン加工の間被加工物を一平面内で動かすための被加工物ホルダーと、ランダムにアドレスすることのできる複数の記憶場所を有しかつこれら記憶場所には被加工物ホルダーを縫い針の軸線に関する複数の位置に位置決めするための指令が含まれている非破壊、持久型の半導体記憶素子と、該記憶素子に所定の順序で記憶場所をアドレスしかつ記憶素子から所定の順序で指令を読み出しかつこの逐次読み出された指令を表示する出力信号を有する電気的制御回路装置と、前記出力信号に応答し、縫い針を損傷せしめることなく所定のパターンの動きおよび縫い加工を作り出すべく所定時に被加工物ホルダーを縫い針に対し間欠的に位置決めする針位置決め装置とを備え、前記電気的制御回路装置はさらに各指令のデータグループ部分に記憶する第一および第二の加算計数器と各指令の指示及び命令部分を記憶する固定記憶素子を備えてなる自動ミシン。
(4) 縫い針と、ミシン加工の間被加工物を保持するための被加工物ホルダーと、ランダムにアドレスすることのできる複数の情報語を有しかつこれら情報語には被加工物のミシン加工を指示する命令が含まれている非破壊、持久型記憶装置と情報語を逐次読み出して命令を表わす出力信号を発生する制御装置と、前記出力信号に応答し、被加工物に対するミシン加工のシーケンスを作り出すべく少なくとも被加工物ホルダーまたは縫い針の動きを指図する装置とを備えてなる自動ミシン。
(5) 縫い針と、ミシン加工の間被加工物を保持するための被加工物ホルダーと、ミシンの動作を指示する命令とこれら命令に組合せた位置データを含む複数の指令を有する非破壊、持久型記憶装置と、前記指令を逐次読み出しかつ前記命令を表わす第一組の出力信号と前記位置データを表わす第二組の出力信号とを発生する制御装置と、前記第一組の出力信号に応答して縫い針の動きを指示する指示装置と、前記第二組の出力信号に応答し、被加工機に加わるミシン加工のシーケンスを作り出すべく被加工物ホルダーを縫い針に相対的に動かす装置とを備えてなる自動ミシン。
(6) 縫い針と、ミシン加工の間被加工物を保持するための被加工物ホルダーと、複数の指令を有する非破壊、持久型記憶装置と、前記指令を逐次読み出しかつデータを表わす出力信号を発生する制御装置と、この出力信号に応答して被加工物ホルダーを指示された距離だけ動かす装置とを備え、前記指令の少くとも一部分は被加工物ホルダーの連続する位置間の距離を示す位置情報を含んでいる自動ミシン。
(7) 縫い針と、ミシン加工の間被加工物を保持するための被加工物ホルダーと、縫い針及び被加工物ホルダーの動作を指示するための複数の指令を有する非破壊、持久型記憶装置と、前記指令を逐次読み出しかつ前記指令を表わす出力信号を発生する制御装置と、前記出力信号に応答して縫い針と該縫い針に対する被加工物ホルダーとの動きを指示する指示装置とを備え、前記記憶装置は、被加工物に第一の縫いパターンを作り出すため縫い針および被加工物ホルダーを動かすように前記指示装置を指示する第一組の指令と、第一の縫い加工パターンから縫い針を離すため縫い針を停止している間被加工物ホルダーを動かすように前記指示装置を指図する第二組の指令と、第一の縫い加工パターンから離された被加工物に第二の縫い加工パターンを作り出すように前記指示装置を指示する第三組の指令とを含んでいる自動ミシン。